編纂員: null
かつて松尾芭蕉が、自身の旅の道中での出会いや感慨を俳句と共に綴った旅記、奥の細道。我々は旅をして何を感じるのか、旅とは一体なんなのか。アルゴリズムの外側にある、余白で得た検索ワードへ思索を巡らす連載。索の細道。
第二回目にして、私は旅に出た。旅は行くものではない。旅は出るものである。
人生で初めて旅をしたくなった。逃避でも好奇心でもなく、ただ単純に旅に出てみたかった。だから、とりあえず旅券を取った。旅程は着いてから考えた。そうでもしなければ旅になんて出られなかった。
もし自分が住むのなら、東京のように新陳代謝があり、歩いていて楽しい街がいい。それは歩くという行為が社会から主導権を取り戻す極めてシンプルな方法として私の中にあることが大きい。そしてそういう街にはたいてい文化がひしめいている。バンコクはそういう街だった。
道沿いに店がひしめき、若者は皆おしゃれだった。私はたくさん歩いた。道すがら、アジア各国の Zin が集まる店で、とっても小さな旅記と出逢った。知らない誰かが同じように旅をし、この地を訪れ、写真を撮った。旅記に言葉はなかったが、その事実が私の掌の上にあることに、少し救われた気持ちになった。ขอบคุณค่ะ
アユタヤ行きの鉄道の車窓から、故郷を見た。旅はいつも母船の汽笛と共に始まる。
母親の膝に向かって額を突っ伏した子供をよそに、客車は囂々と音を立てる。それは一息で耳を覆ったが、私にはそれが心地良かった。ノイズをキャンセルすることなく目を瞑り、故郷の断片を拾い集めた。そしてそれを愛でる自分を恥じた。
故郷の喪失は寂しさの根源である。それゆえ私は音楽を聴き、本を読み、映画を観る。しかし、故郷はもとより帰る場所などではない。故郷は自分自身でつくるものである。だからこそ、故郷の断片は愛でるためのものではないはずだ。正しく堕落し、私を拡張するためのものであるべきだ。それこそが、私やお前と向き合うということなのかもしれない。
渡し船で川を渡る。借りた自転車を漕ぐ。道端に散乱した象の糞を避ける。初めての、それでいて身に覚えのある景色が連続する。みんなの時間が流れる中に、私だけの時間があった。これも私にとって、ひとつの故郷なのかもしれない。こういう時間や空間をこの先つくっていきたい。
パタヤ行きのバスを降りたところで、女性が大きな荷物を携えて声をかけてきた。理由を聞けば、タクシーを割り勘してくれる人を探していた。私は厭わなかったが、女性は私の答えを聞く前に無理を察したのか、ごめんねを残して離れていった。そういう自分が嫌いだ、そこで呼び止められない自分も。
翌朝、起きてすぐに船に乗りラン島を目指した。下船後、桟橋を境に、左に大きなビーチ、右にこじんまりとしたビーチがあった。私は右を選んだ。
海面に顔だけを出して浮かんでみると、目には空が、耳には海が広がった。同じなのは空だけじゃない。海の音も同じだ。それが嬉しかった。陸に上がり、本を読む。一遍読んで、また海に戻る。ただひたすらそれを繰り返した。それだけでよかった。
最終日、昼が来たので朝飯を食べた。
旅のあいだ、私は人生で初めて穏やかに自分と向き合えた気がする。自責や劣等、諦念に駆られることなく、感動や忙殺を求めることもなかった。過去や将来と媾うこともなかった。ただ地続きの現在をひとつひとつ確認していたように思う。言葉や、それによって規定される思考は無気力にその後ろをひっそりついてきた。こうした時間こそが、私が旅に出たかった理由なのだと思った。
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